【現代語訳】続日本紀 文武天皇2年① 朝賀

文武天皇
みちのく
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こんにちは、みちのくです☀️
今回は文武天皇の治世2年目の記事をとりあげるよ。

いずみ
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よろしくお願いします♨️

文武天皇2年(西暦698年)現代語訳&解説

春 正月1日(壬戌みずのえいぬ) 天皇は、大極殿だいごくでんおわし、ちょう朝賀ちょうが)を受け給われた。文武ぶんぶの百寮及び新羅しらぎ朝貢ちょうこう使が拝賀した。その儀式の次第は、常例と同じだった。

元日に大極殿という、国家の重要な儀式や行事を行う場所で、朝賀の儀が行われました。



現代に復元された大極殿(奈良市・平城宮跡歴史公園)

朝賀とは、毎年1月1日の朝に大臣から下級の役人にいたるまで全ての官人たちが一堂に会し、天皇を拝賀する儀式です。

みちのく
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「朝」という漢字は、「天子にお目にかかる」という意味があります☀️

いずみ
いずみ

今では朝昼晩の「朝」の意味しかないですよね。
漢字を調べると新しい発見があっておもしろいかも!

みちのく
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この年の朝賀は新羅からの使者もいたため、国の権威を示すには絶好の機会であり、盛大に催されたであろうことは想像に難くありません。

いずみ
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15才の若き文武天皇が大極殿からお出ましになり、それを百官が拝礼する…。
とても壮観でおごそかな風景が浮かんできますね✨

正月3日(甲子きのえね) 新羅使、一吉飡いっきつさん新羅の官位)の金弼徳きんひつとくたちが貢ぎ物を献上した。

正月8日(己巳つちのとみ) 土佐国が牛黄ごおうを献上した。

西暦700年ごろの朝鮮半島(統一新羅時代)

牛黄は、牛の胆石を乾燥させたもので、漢方薬の薬剤として用いられます。現代でも使用され、解熱などの効能があります。非常に貴重で高価であり、今の日本は全て海外からの輸入でまかなっているようです。土佐国は現在の高知県です。

正月17日(戊寅つちのえとら) 新羅の貢ぎ物を、諸社に奉納した。

正月19日(庚辰かのえたつ) 直広参じきこうさん土師宿禰馬手はじのすくねうまてを遣わして、新羅の貢ぎ物を大内山陵おおうちのみささぎ天武天皇の陵に奉納した。

諸社の「社」とは神社のことです。

直広参とは、臣下の冠位(階級)で、大宝律令以後の官位においては正五位下に相当します。

みちのく
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遣わされる人の身分は、そのままその国に対する対応の高さを表しています。
正五位下というと、地位としては下級の貴族ですね。

いずみ
いずみ

対応としては?うーん…いいのか悪いのか?ですね。
唐の物品だったらどうなのかが気になります。


山陵(みささぎ、さんりょう)とは、天皇のご遺体の眠る場所です。皇后・皇太后・太皇太后の場合も同じく山陵といいます。また、単に「陵」ということもあります。
「大内山陵」とは、今では第59代宇多天皇御陵の名ですが、ここでは原文注釈により天智天皇御陵のこととなっています。

2月3日(甲午きのえうま) 金弼徳きんひつとくたちがばんに還った。

新羅からの使者が帰国したという意味です。とは外国であり、天皇の徳治(人徳をもって治めること)が行き届かない「未開の地」というニュアンスを含みます。「えびす」とも読みます。

みちのく
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正月からここまで、新羅使に関する記事が細かく載っています。海外の使者が天皇を慕って来訪してきたというのは、日本の権威を大いに示すできごとです。続日本紀の編者はこれを強調したかったのでしょう。

いずみ
いずみ

権威、大事。
国の歴史書ですからね♨️

参考書籍など

続日本紀(上) 全現代語訳
【第3類医薬品】人参牛黄カプセル 24カプセル




次回予告

みちのく
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次回は、文武天皇2年(698年)2月から3月9日までをとりあげます☀️

いずみ
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