遣唐使

巻3(大宝3年正月〜慶雲4年6月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 慶雲4年② 文武天皇の崩御、宝算二十五

即位から10年、数々の厄災が日本を襲う中、文武天皇は崩御する。宝算は25。当時において、そもそも天皇即位には30歳以上であることが不文律として存在していたため、15歳で即位し、25歳で崩御した文武天皇は非常にイレギュラーな存在だったことは間違いない。
巻3(大宝3年正月〜慶雲4年6月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 慶雲4年① 遷都…?ケガレまみれの藤原京。不比等、天皇から激賞される

悪い意味で極まった藤原京ー。京中は死穢が蔓延し悪臭が漂う。とうとう詔により遷都のことが会議されることになった。そのような情勢の中、重臣であり天皇の岳父である藤原不比等には大命(おおみこと)にもとづき尋常じゃないレベルの領地が授けられる。こんな調子で大丈夫か日本!?
巻3(大宝3年正月〜慶雲4年6月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 慶雲元年⑤ 止まない災害、失われる秋稼

国の平安を祈り慶雲に改元したものの災異はやまず、とうとう文武天皇は詔によりこの年の全国の税や労役を全て免除するという思い切った手段に出た。というのも当時、災害や疫病は神の怒りであり、天子の不徳がその原因であるとされてきたのである。天皇のご心中は穏やかでない。
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 慶雲元年④7月〜8月 衝撃を受ける遣唐使。君子国、日本

『続日本紀』慶雲元年7月〜8月条の現代語訳・解説。遣唐使の帰国と現地人との会話、祥瑞の献上、祈雨、公廨の禄の支給、賑恤の詔、住吉社に奉幣、贈位、封戸の伝領などについて取り上げます。
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝2年⑤ 5月〜6月 遣唐使、再出発

『続日本紀』の大宝2年(702)5月〜6月条。訴訟時の五世王の優遇。参議の初見。大倭国の二郡の課役を免除する。上野国で疫病。大伴安麻呂を兵部卿に任ずる。海犬養門に落雷。遣唐使が再び出船する。
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年④ 4月〜5月 遣唐使に節刀を授ける

『続日本紀』大宝元年(701)4月〜5月条を解説。日蝕。中臣氏に神稲を支給。大宝令の講義。賜姓(垂水君)。遣唐使が朝廷に拝礼。名山・大川に祈雨。田領の廃止。五位以上の出勤記録の扱いについて。走馬(競馬行事の初見)。遣唐執節使・粟田真人に節刀を授ける。など