大宝年間(701-704)

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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 慶雲元年①正月 日本流お辞儀、廃止へ

持統上皇の喪明けにより、2年ぶりに大極殿で朝賀が行われた。また、地にひざまずくお辞儀である跪礼の廃止など、大陸にならった改革が行われ日本は模索と成長を続けていく。
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝3年④ 持統上皇の葬送、歴代天皇で初めての火葬

持統上皇の崩御後、約1年間の殯を経てついに火葬が行われた。これまで天皇の葬送は土葬であったが、仏教を深く信仰した持統上皇は歴代で初めて火葬により葬られた。そして、上皇は夫である天武天皇と同じ山陵で永遠の眠りにつくことになったのである。
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝3年③ 庚午年籍不改の詔

高校の日本史教科書にも登場する、有名な日本最初の全国的な戸籍「庚午年籍」。通常、戸籍は一定期間の保存期間を過ぎれば廃棄されるが、庚午年籍は特に文武天皇の詔により、永久保存とされた。その理由は??
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝3年② 右大臣阿部御主人没す。天皇、新羅国王の弔使をねぎらう

大宝3年、宮中がざわつく――右大臣・阿倍御主人が薨去。悲嘆のさなか新羅国王の弔意と使節が到着し、饗応・儀礼の段取りに朝廷は奔走する。続日本紀(文武天皇紀)を現代語で追い、詔や日付の流れまで丁寧に整理。
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝3年① 諒闇で明けた新年、刑部親王の知太政官事任命

昨年年末に崩じた、先帝であり文武天皇の祖母である持統上皇。上皇の喪に服すため、国家の大儀である元日朝賀の儀は取りやめとなり、天皇は政務を取りやめた。未だ若い20歳の文武天皇最大の後見人であった持統上皇が失われた今、国はどう動いていくのか?
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝2年④ 持統上皇最後の行幸…そして崩御

天皇時代から行幸を愛した持統上皇最後の行き先は…やはり吉野?いや、三河国(愛知県東半部)だった!『万葉集』に残る和歌で、行幸に従駕した当時の人々の思いに心を傾けてみよう!!
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝2年③ 天皇2度目の吉野行幸、隼人の反乱、2つの落雷事件

天皇の御在所が近い宮城門と国家の英雄ヤマトタケルの墓へ相次いで落雷。その上隼人の反乱など、不穏な事件が続く…。そのときの文武天皇や持統上皇の心境やいかに!?(わかりません)
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝2年② 2月 国造、藤原に急行す

『続日本紀』大宝2年2月条の現代語訳・解説。大宝律の頒布。越後国に疫病が流行。祈年祭の大幣を分かつため、国造を急ぎ入京させる。諸国の行政文書を弁官に送付。国師の任命。梓弓の献上。伊太祁曽など三社を遷座。国司に倉庫の錠を支給。
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝2年① 正月 礼服、朝服の着用

『続日本紀』大宝2年正月条の現代語訳・解説。朝賀にて、親王と大納言以上が初めて礼服を着用し、王臣は朝服を着用。「ひひらぎ」の献上。賀陀駅家を設置。「五帝太平楽」の演奏。任官、叙位。僧綱の任命。
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年⑦11月〜12月 首皇子誕生

大宝元年(701)11月〜12月の『続日本紀』を現代語訳。天下の大赦、造大幣司の設置、弾正台の畿内巡察、恩赦手続の変更、位袋や官人妻の服色、大伯内親王の薨去、後の聖武天皇となる首皇子の誕生について詳しく解説します。
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年⑥ 天皇・上皇、紀伊国に行幸

大宝元年(701)8月〜10月の『続日本紀』を現代語訳。文武天皇・持統上皇の紀伊国行幸を中心に、大宝令の講義、皇親への禄、高潮・蝗害と救済、高安城の廃止、調忌寸老人への追贈、行幸後の免税まで解説します。
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年⑤ 持統上皇最後の吉野行、大臣を騙した男

数十回にわたり行われた持統天皇(持統上皇)の吉野行幸。これに込められた思いや狙いとはいったいなんだったのか?
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年④ 右大臣ボーナス、古代の単位、第8回遣唐使

『続日本紀』大宝元年(701)3月から6月までの記事を解説。古代で使われていた単位や、競馬(くらべうま)、5月5日の端午の節と菖蒲(あやめ)のかかわり、遣唐使などについて触れています。
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年② 2月 吉野行幸

『続日本紀』の大宝元年(702)2月条を現代語訳・解説。下物職の任命。釈奠の初見。泉内親王を斎王に卜定。吉野離宮行幸。民官の史を任命。
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【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年① 正月 文物の儀、ここに備われり

『続日本紀』の文武天皇紀、大宝元年(701)正月の記事を現代語訳&解説。近年、この時の朝賀の遺構が発掘され、続日本紀の記事の信憑性の高さが証明された。ついに律令国家の夜明けを迎えたのである。