巻6(和銅6年正月〜霊亀元年8月)

元明天皇紀(708-715)

【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅6年⑥ 難波津から大宰府へ…防人大船団と馬を飛ばす専使、疲弊する人馬。

『続日本紀』和銅6年8月〜10月を現代語訳。防人は難波津から大宰府へどう送られたのか。専使・駅使・人馬疲弊から古代の兵員輸送を考えます。ほか、任官、卒去、出挙の免除、寺院の田野占有、板屋司、史生増員など。
元明天皇紀(708-715)

【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅6年⑤ 行幸、甕原離宮。吉蘇路、東国への道

甕原離宮への行幸は何を意味したのか。さらに吉蘇路開通の記事から、奈良時代の交通と東国支配の一端を探ります。
元明天皇紀(708-715)

【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅6年④ 各国から献上される鉱物。きらら、水銀、白石英…

和銅6年5月、各国から雲母・水銀・硫黄・樊石・金青・白石英など多彩な鉱物が献上されました。古代日本でこれらは一体何に使われたのか?顔料・薬用・装飾の面から見ていきます。
元明天皇紀(708-715)

【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅6年③ 全国の『風土記』編纂、はじまる

朝廷は全国に「風土記」の編纂を命じた。「好字」とは何か、なぜ多くの風土記は失われたのか。続日本紀の原文・現代語訳をもとに、この重要な官命を詳しく解説します。ほか、当時の地方行政の実態として、郡司に対する国司のパワハラについて触れています。
元明天皇紀(708-715)

【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅6年② 丹後国・美作国・大隅国成立。その目的は?

丹後国・美作国・大隅国が成立したのはなぜか。交通の不便さや統治、防衛の必要性などから、その意味を地図を使ってやわらかく考察します。
元明天皇紀(708-715)

【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅6年① さらに進める蓄銭の道。お米の売買を奨励

【悲報】郡司は和同開珎を6000枚貯めないと出世できないことが決定しました。