万葉集

史跡などの感想や解説

【歴史探訪】古代の紀伊国行幸をたどる旅【有間皇子】

『日本書紀』『万葉集』を手に、白浜温泉・岩代・千里浜・藤白坂を巡る紀伊国歴史探訪。斉明天皇の悲傷の旅、有間皇子の悲劇、40年後の文武天皇の行幸を現地からたどります。
元明天皇紀(708-715)

【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅6年⑤ 6月〜7月 行幸、甕原離宮。吉蘇路、東国への道

『続日本紀』和銅6年(713)6月〜7月の記事を現代語訳・解説。甕原離宮への行幸は何を意味したのか。さらに吉蘇路開通の記事から、奈良時代の交通と東国支配の一端を探ります。
元明天皇紀(708-715)

【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅3年① 平城京へ遷都。飛鳥時代の終焉と奈良時代の始まり

和銅3年(西暦710年)、元明天皇は藤原京からの遷都を実行に移し平城京を新たな都とした。時代区分としては、平安京遷都に始まる794年までの84年間「奈良時代」の始まりである。
元明天皇紀(708-715)

【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅元年⑥ 大嘗祭に臨む天皇、緊張感の中で歌を詠む

即位後、初めて11月を迎えた元明天皇。この月は天皇一世一代の重要祭祀である大嘗祭が執り行われる。天皇はこのときに御製を詠まれており、そのときの心境が天皇の姉である御名部皇女の答歌により推察することができる。天皇個人の感情を知ることのできる貴重な史料が今に残されていたのである。
元明天皇紀(708-715)

【現代語訳】続日本紀 元明天皇紀 和銅元年④ 和同開珎の銀銭の流通開始。天皇、高官たちに訓示を下す

和銅改元が行われ、その記念硬貨と言うべき「和同開珎」はこの年の5月と7月に、銀銭と銅銭の鋳造がそれぞれ開始されるのであった。世にいう「皇朝十二銭」の魁である。貨幣そのものはこれより以前にも日本にはあったが、今回の貨幣は本格的な流通を目指していたと思われるが、実態はどうだったのだろう?
巻3(大宝3年正月〜慶雲4年6月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 慶雲3年⑤ 難波…天皇最後の行幸

晩秋9月、文武天皇は神武東征の時から語られ、歴代の天皇が宮を建てたこともある摂津国難波に行幸した。大飢饉や疫病の大流行する中、文武天皇は難波の地に何を見たのだろうか。このときは、これが天皇最後の行幸になるとは知る由もなかったことだろう。
巻3(大宝3年正月〜慶雲4年6月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 慶雲3年③ 天皇、詔して王公諸臣に仁・義・礼を説き給う

災害級の天候不順、飢饉、疫病、ついには京・畿内におびただしい数の盗賊が出没するようになり、藤原京は死穢・汚穢の悪臭が漂う都となってしまった。盗賊追捕のさなか、文武天皇は詔により仁義礼を説き、百姓に横暴をはたらく王公諸臣を戒める。
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝2年⑧ 10月〜11月 三河国。持統上皇、最後の行幸

『続日本紀』の大宝2年(702)10月〜11月条を現代語訳・解説。卒去(路登美)。隼人平定のお礼参り。薩摩に柵と兵士を配置する。持統上皇の三河国行幸。祥瑞(嘉禾)の献上。大宝律令を全国に広める。詔(孝順の家について)。
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝2年② 2月 国造、藤原に急行す

『続日本紀』大宝2年2月条の現代語訳・解説。大宝律の頒布。越後国に疫病が流行。祈年祭の大幣を分かつため、国造を急ぎ入京させる。諸国の行政文書を弁官に送付。国師の任命。梓弓の献上。伊太祁曽など三社を遷座。国司に倉庫の錠を支給。
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年⑦ 8月〜10月 天皇・上皇、紀伊国に行幸

大宝元年(701)8月〜10月の『続日本紀』を現代語訳。文武天皇・持統上皇の紀伊国行幸を中心に、大宝令の講義、皇親への禄、高潮・蝗害と救済、高安城の廃止、調忌寸老人への追贈、行幸後の免税まで解説します。
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年② 2月 吉野行幸

『続日本紀』の大宝元年(702)2月条を現代語訳・解説。下物職の任命。釈奠の初見。泉内親王を斎王に卜定。吉野離宮行幸。民官の史を任命。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇4年②3月〜5月 道昭和尚の物語

『続日本紀』の文武天皇4年(700)3月〜5月の記事を現代語訳・解説。道照和尚の死去。大宝律令の読習・編集。牛馬放牧の牧場を選定。天智天皇の皇女・明日香皇女の薨去。遣新羅使の任命について取り上げています。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇3年③ 6月〜7月 弓削皇子、薨ず

『続日本紀』文武天皇3年(699)6月と7月の記事を現代語訳・解説。山田寺の封戸300戸、日向王・春日王の卒去、弓削皇子の薨去と『懐風藻』に見える葛野王との逸話、種子島や奄美大島など南島の民が朝廷に土地の産物を献上。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇2年⑤ 8月〜9月 不比等、「藤原朝臣」継承の特権

『続日本紀』文武天皇2年8月〜9月の記事を現代語訳・解説。詔により、不比等の子孫にのみ「藤原」を名乗ることが許される。高安城の修理。下総国の大風。伊勢斎王の派遣。銅鉱や、顔料となる様々な資源の献上など。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇2年②2月〜3月 たまきはる宇智

『続日本紀』文武天皇2年2月5日から3月9日までの記事を現代語訳&解説。即位後初めての行幸。宇智とはどんなところだったのか?万葉歌とともに解説。