史跡などの感想や解説

【想定外の】淳和天皇御陵奉拝記【ガチ登山!?】

一般車両通行止めの山道の先、徒歩90分ほどかけてようやく訪れることのできる淳和天皇陵を訪問してきました。御歴代で唯一散骨により葬られ、御陵を造らない遺詔を残されたが1000年後の江戸幕末になって新造。天皇の御霊はどのように思われたことだろう?
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝2年⑤ 5月〜6月 遣唐使、再出発

『続日本紀』の大宝2年(702)5月〜6月条。訴訟時の五世王の優遇。参議の初見。大倭国の二郡の課役を免除する。上野国で疫病。大伴安麻呂を兵部卿に任ずる。海犬養門に落雷。遣唐使が再び出船する。
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝2年④ 4月 川の精・神馬出現

4月条の現代語訳・解説。賀茂祭で武器を持って人が集まることを禁じる。飛騨国から神馬が献上される。杠谷樹(ひいらぎ)の「桙根」が献上され、これを伊勢神宮に奉納する。国造の氏を定める。筑紫と越後から采女と兵衛を献上させる。
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝2年③ 3月 初めて度量を天下に分かつ

『続日本紀』大宝2年(702)3月記事の現代語訳・解説。蝗害。天下諸国に初めて度量を頒布。中臣氏、忌部氏などを一階昇叙。鎮め祭り、大祓、天皇斎戒、幣帛の班幣。二槻離宮の修繕。越中国の四郡を越後国へ編入。美濃国の人民移住など。
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝2年② 2月 国造、藤原に急行す

『続日本紀』大宝2年2月条の現代語訳・解説。大宝律の頒布。越後国に疫病が流行。祈年祭の大幣を分かつため、国造を急ぎ入京させる。諸国の行政文書を弁官に送付。国師の任命。梓弓の献上。伊太祁曽など三社を遷座。国司に倉庫の錠を支給。
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝2年① 正月 礼服、朝服の着用

『続日本紀』大宝2年正月条の現代語訳・解説。朝賀にて、親王と大納言以上が初めて礼服を着用し、王臣は朝服を着用。「ひひらぎ」の献上。賀陀駅家を設置。「五帝太平楽」の演奏。任官、叙位。僧綱の任命。
史跡などの感想や解説

【石段上り下りで】嵯峨天皇御陵奉拝記【運動不足解消?】

史跡探訪記。今回は嵯峨天皇陵をご紹介。嵯峨天皇は第52代天皇で、平安京を開いた桓武天皇の皇子。唐風をこよなく愛し、文化の興隆に心を砕かれました。
史跡などの感想や解説

【ピクニック気分】仁明天皇の愛した『双ヶ丘』を訪問しました【駅から徒歩数分】

京都市郊外、平安京右京を外れたところにこんもりとした山が座っています。その名も「双ヶ丘」。天皇や平安貴族と双ヶ丘…そこにはいかにも往時の京の都を思わせる雅なエピソードがあった!?
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年⑦11月〜12月 首皇子誕生

大宝元年(701)11月〜12月の『続日本紀』を現代語訳。天下の大赦、造大幣司の設置、弾正台の畿内巡察、恩赦手続の変更、位袋や官人妻の服色、大伯内親王の薨去、後の聖武天皇となる首皇子の誕生について詳しく解説します。
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年⑥8月〜10月 天皇・上皇、紀伊国に行幸

大宝元年(701)8月〜10月の『続日本紀』を現代語訳。文武天皇・持統上皇の紀伊国行幸を中心に、大宝令の講義、皇親への禄、高潮・蝗害と救済、高安城の廃止、調忌寸老人への追贈、行幸後の免税まで解説します。
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年⑤ 持統上皇最後の吉野行、大臣を騙した男

数十回にわたり行われた持統天皇(持統上皇)の吉野行幸。これに込められた思いや狙いとはいったいなんだったのか?
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年③ 3月 大宝ー新たに元号を建てるー

『続日本紀』大宝元年3月。皇親と群臣に宴を賜う。陸奥で金の精錬を行わせる。僧・弁紀の還俗、氏姓と名を賜う。対馬からの金の献上により「大宝元年」と建元する。大宝令施行に合わせて、官名・服制などを改める。右大臣などの任官。中納言の廃止など。
大宝年間(701-704)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年② 2月 吉野行幸

『続日本紀』の大宝元年(702)2月条を現代語訳・解説。下物職の任命。釈奠の初見。泉内親王を斎王に卜定。吉野離宮行幸。民官の史を任命。
よく読まれている記事

【現代語訳】続日本紀 文武天皇紀 大宝元年① 正月 文物の儀、ここに備われり

『続日本紀』の文武天皇紀、大宝元年(701)正月の記事を現代語訳&解説。近年、この時の朝賀の遺構が発掘され、続日本紀の記事の信憑性の高さが証明された。ついに律令国家の夜明けを迎えたのである。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇4年⑤9月〜12月 新羅から孔雀がやってきた!?

文武天皇4年(700)9月〜12月の記事を現代語訳・解説。新羅からもたらされた孔雀、周防国での造船、王母の喪を告げる新羅使、盗賊の発生、3つ子への支援など、律令国家完成前夜の対外関係と社会の動きを解説します。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇4年④7月〜8月 祥瑞、天から白亀が下される

文武天皇4年、長門国から白亀が献上された。『続日本紀』に見える白亀の事例、祥瑞思想、亀と玄武・王権との関係を中心に、僧の還俗、赦、巡察使の奏上も現代語訳で解説。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇4年③6月 覓国使、襲撃さる!

文武天皇4年(700)6月条を解説。南九州で覓国使・刑部真木らが襲撃された事件から、薩摩や大隅の在地勢力や隼人の支配、郡評論争との関係などを考察。さらに、大宝律令の撰定者たちに禄が与えられた記事も紹介します。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇4年②3月〜5月 道昭和尚の物語

『続日本紀』の文武天皇4年(700)3月〜5月の記事を現代語訳・解説。道照和尚の死去。大宝律令の読習・編集。牛馬放牧の牧場を選定。天智天皇の皇女・明日香皇女の薨去。遣新羅使の任命について取り上げています。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇4年① 正月〜2月 左大臣・多治比真人嶋

『続日本紀』文武天皇4年(700)正月〜2月記事の現代語訳・解説。新田部皇子に浄広弍を授ける。左大臣多治比真人嶋に霊寿の杖と輿及び従者を賜う。安房郡郡司の連任許可。錫の献上。石船柵の修理。東山道に巡察使を派遣。王臣京畿に武具を備えさせる。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇3年⑤ 10月〜12月 義淵法師に稲一万束を施す

『続日本紀』文武天皇3年(699)10月〜12月記事の現代語訳・解説。越智・山科の天皇陵を修造。諸国に巡察使の派遣。日蝕。南島国覓使の帰国。義淵法師に稲一万束を施す。大江皇女の薨去。三野城・稲積城の修理。鋳銭司の設置。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇3年④ 8月〜9月 兵馬を備えよ

『続日本紀』文武天皇3年(699)8月〜9月記事の現代語訳・解説。南島民が献上した物を伊勢神宮など諸社に奉納。百官に季禄を支給。祥瑞(白燕)の献上。高安城の再修理。詔勅により官人・京畿に武器を備えさせる。新田部皇女の薨去。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇3年③ 6月〜7月 弓削皇子、薨ず

『続日本紀』文武天皇3年(699)6月と7月の記事を現代語訳・解説。山田寺の封戸300戸、日向王・春日王の卒去、弓削皇子の薨去と『懐風藻』に見える葛野王との逸話、種子島や奄美大島など南島の民が朝廷に土地の産物を献上。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇3年② 3月〜5月 鬼神を操る役小角

『続日本紀』文武天皇3年2月〜3月条の現代語訳・解説。雌黄の献上、白鳩の献上、巡察使の派遣、越後の蝦狄に叙爵、詔で壬申の乱の功績を讃える、役小角の流罪。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇3年① 正月〜2月 難波宮行幸

『続日本紀』文武天皇3年(699)正月〜2月記事の現代語訳・解説。多胎出産をした母への支援、叙位・賜姓の詔、難波宮行幸、坂合部女王の死去、行幸に従った騎士の調・労務を免除する詔。
巻1(文武天皇元年8月〜4年12月)

【現代語訳】続日本紀 文武天皇2年⑥ 10月〜12月 大嘗祭

『続日本紀』文武天皇2年(698)10月から12月までの記事を解説します。薬師寺の完成。蝦夷の方物献上。日蝕。白鑞(しろなまり)の献上。諸国大祓。大嘗祭。牛黄の献上。対馬に金鉱石の精錬を行わせる。石船柵の修理。多気大神宮を度会郡に遷す。